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音楽の基礎 / 芥川也寸志

タイトル:音楽の基礎

著者:芥川也寸志

出版社:岩波書店


Amazonによる紹介
内容(「BOOK」データベースより)
人それぞれに音楽を聞き演奏して楽しむ。しかしさらに深く音楽の世界へわけ入るには、音楽の基礎的な規則を知る必要がある。本書は、作曲家としての豊かな体験にもとづいて音楽の基礎を一般向けに解説したユニークな音楽入門。静寂と音との関係から、調性・和声・対位法までを現代音楽や民族音楽を視野に入れつつ詳述する。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
芥川 也寸志
1925‐1989年。1949年、東京音楽学校研究科卒業(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

作曲家、芥川也寸志(芥川龍之介の三男だそうです)による音楽理論の入門書。

音楽が存在するためには、まずある程度の静かな環境を必要とする。たとえば、鐘もしくはそれに類似する音が鳴り響いている中で、鐘の音を素材とした音楽を演奏しても、その音は環境に同化してしまうので、音楽としては聞こえない。ちょうど、赤い紙に赤色のクレヨンで絵を画こうとするのと同じである。
(中略)
静寂は、これらの意味において音楽の基礎である。
(本文より引用)

から始まる、音楽をよりよく聴くために必要な楽典知識の入門書です。

 一般的な楽典は、経験的な事実が羅列してあるだけですが、この本は新書ということもあり、言葉で丁寧に解説してありますので、非常に読みやすいです(もちろん、譜例も豊富です)。また、上記引用のように、作者の音楽観、音楽哲学というようなものも多く語られており、楽典的な知識がすでにある、という人も純粋に読み物として楽しめると思います。

 非常に素晴らしい本なので、楽器を演奏する人もしない人も、音楽に少しでも興味がある、という人は是非読んでみてください。とくに、「音楽理論を勉強してみたいんだけど、何から始めていいのかわからない」という人には、まずこの本を読んでみることをお勧めします。


P.S.
 一般的に音楽を形成する三要素として、リズム、旋律、和声をあげる場合が多い。けれども、旋律をもたない音楽や、和声をもたない音楽は容易に考えうるのに対して、リズムをもたない音楽は考えられないという事実―リズムなしには音楽は生まれないという事実は、運動、秩序、均衡などという言葉を超えて、リズムがより根源的な、生命と直接関わりをもつ力であることを感じさせる。
 リズムはあらゆる音楽の出発点であると同時に、あらゆる音楽を支配している。リズムは音楽を生み、リズムを喪失した音楽は死ぬ。この意味において、リズムは音楽の基礎であり、音楽の生命であり、音楽を超えた存在である。  
(本文より引用)

ええ、まったくもっておっしゃる通りでございます。リズム、ちょ~大事ですw 楽器を演奏するみなさんはこのことを念頭において日々精進しませうw




ストラヴィンスキー(Igor Fyodorovitch Stravinsky)による現代音楽の古典的名作「春の祭典(Le Sacre du Printemps)」。この曲の初演は1913年です。怒涛の不協和音と、絶え間ない拍子の変化。まさしくプログレw 曲中にちょろっと変拍子を使ったり、ちょくちょく転調するだけでテクニカルだのなんだのと叫んでいる連中とは格が違いますw 均整的な拍子と調性からの脱却という現代音楽の発露が100年前にあったにもかかわらず、主流はいまだに調性音楽です。感性と理性、エンターテイメントとしての音楽とアートとしての音楽が完全に分離してしまった今、音楽がこれからどこへ向かうのか非常に興味深いですね。


↑「春の祭典」はバレエ音楽ですので。ダンスのことは詳しくないのでよくわかりませんが、バレエというよりはコンテンポラリーダンス? ダンスも音楽と同様に芸術表現の歴史的な経緯とかがいろいろありそうですね。

テーマ : ブックレビュー - ジャンル : 小説・文学

tag : 音楽生活 book_review

ソラリスの陽のもとに / スタニスワフ・レム


著者:スタニスワフ・レム

訳者:飯田規和

ジャンル:SF

出版社:早川書房


「本の裏表紙の紹介文より」
 菫色の霞におおわれ、たゆたう惑星ソラリスの海。一見なんの変哲もない海だったが、内部では数学的会話が交わされ、みずからの複雑な軌道を修正する能力さえもつ高等生命だった!人類とはあまりにも異質な知性。しかもこの海は、人類を嘲弄するように、つぎつぎと姿を変えては、新たな謎を提出してくる・・・・。
 思考する<海>と人類との奇妙な交渉を描き、宇宙における知性と認識の問題に肉迫する、東欧の巨匠の世界的傑作!


 久しぶりに「やっぱSFって面白いな~!」と思わせてくれた作品。

 僕はSFやミステリを読むことが比較的多いのですが、その手のジャンルってアメリカ産のものがほとんどなんですね。まあ、アメリカ産というだけでひとくくりにするのもどうかと思いますが、アメリカ(ハリウッド)映画、フランス映画、日本映画から受ける印象が概して異なるように、やっぱアメリカってよくも悪くもアメリカなんですよね~。

 んで、この作品のテーマの一つが、そういったアメリカンなSFに対するアンチテーゼです。著者が述べていることですが、
 「SFは、ことにアメリカのSFは、この問題(未知の知的生命体との接触)についても非常に多くの作品を生みだしていて、そこにはすでに、他の惑星の理性的存在との接触のありうべき可能性について三つの紋切り型ができあがっている。その三つの型を要約していえば、相共にか、われわれがかれらに勝つか、かれらがわれわれに勝つか、という定式になる。(中略)しかし、私に言わせれば、このような図式はあまりに図式的である。」
 まあ、言われてみればって感じですよね。相互理解は類似があってこそ初めて成り立つものであり(人間同士でもそうですよね)、お互いの理解がまったく及ばない場合はどうなるのか?理解しようとするプロセスにおいてどのようなことが起こりうるのか?というのが、このお話です。

 ハードSFのように長々とした理論の説明なんかもなく、純粋にお話として面白いので、普段SFを読まない人も読んでみてはいかがでしょうか?

 P.S.映画化もされているようです。小説の表紙にジョージ・クルーニーが写ってるのはその映画のものでしょう。映画のほうは完全にラブ・ロマンス化されているようで、著者のレムは憤懣を広言しているとかw 

 P.S.もしかして長門有希の元ネタってこの辺にあったりするんでしょうかね?w
    ハルヒ好きの人も是非どうぞw

 

テーマ : ブックレビュー - ジャンル : 小説・文学

tag : book review

「音楽美論」 Eduard Hanslick(E.ハンスリック)


E.ハンスリック著の「音楽美論」の紹介・レビューです。

著者:Eduard Hanslick (ハンスリック)
訳:渡辺 護


1854年初版の、音楽美学についての本です。

19世紀中盤~後半のドイツ・オーストリアでは、「音楽音楽外のものを表現できるか」ということについて、大きな議論があったようです。それらは、具体的には音楽外的なものを音楽により表現しようとする「標題音楽」という立場の人々と、純粋に「音楽的に美なるもの」を音楽美学の最上規範とすべきだという「絶対音楽」を掲げる人々の対立だったようです。(まあ、個人的にはそれらが真っ向から対立する考え方とは思えない面もあります。標題(すなわち言葉で明示している)を掲げている時点で、ハンスリックの命題「音楽は明確な感情を表現できない」を認めているようなものですし・・・。)

で、今回紹介するこの「音楽美論」の著者、ハンスリックは「絶対音楽」側の先頭に立っていました。ちなみに、「絶対音楽」側にはブラームス(ブラームス本人はあまり乗り気ではなかったという話も・・・)、「標題音楽」側にはワーグナーやリストなどがいたようです。なんか、この議論自体が、ハンスリックとワーグナーの仲たがいから始まってるっぽい・・・w

まあ、個人的にはこの「音楽美論」は、音楽を鑑賞、批評する立場にある人間のとるべき理想的な態度を説いた本、という感じがします。当時はどうも、「音楽は感情を表現すべきである」とか、「感情の表現こそが音楽の目的である」という立場で音楽が批評されていたらしく、彼はその命題を否定するためにこの本を書いたようです。

「(前略)この確信からして本書の研究の第一の命題たる否定形の命題が生まれる。すなわち、まず第一に、音楽は『感情を表現すべきである』という一般に流布した考えに反対するのである。だからといって、このことから私が『音楽の絶対的無感情性を要求する』のだと結論することはできない。」
とは、彼が「音楽美論」の序言において述べている言葉ですが、彼は、音楽は芸術的な意図をもって感情を描写すべきであり、音楽は感情の描写が可能である、という命題を否定するのみであり、音楽が感情に作用しうるということは十分に認めているんですね。ただ、その感情作用力は音楽そのものの内容ではなく、その副次的な作用にすぎない、といっているわけです。

また、彼はこうも述べています。
「(前略)かくして音楽は感情の内容そのものを表現できないとすれば、感情に関して何を表現できるのであろうか。 ただ感情の動的なもの(dynamisch)だけである。」
この辺は、確かにそうだな~と思います。感情そのもの(愛とか希望とかw)は明確に表現できないとしても、対象として与えられたそれらの動きを表現すること(例えばビートの速さ、音程の上下など)は音楽の得意分野ではないでしょうか。

まあ、要は、音楽を評価する際に、わけのわからない、というか、どうにでも解釈しうるようなものについて、主観的、気分、感情に基づいた批評・鑑賞を行うのではなく、音楽の美しさをもっと純粋に音楽的な側面(例えば、ある一定の音符の並びであるとか、ある特定のリズムのパターンや和声)に重点を置いて、科学的、分析的に鑑賞・批評を行うべきではないか、つまり、、「もう少し冷静で、分析的な眼を音楽に対して向けてみませんか」というのが、彼の言いたかったことのように思います。

古い本なので、現代の音楽美学とは全く異なるのでしょうし、批判もたくさんある本のようですが、それでも有益な示唆をたくさん含んだ本だと思います。200ページぐらいの薄い本ですし、主張していることも難しいことではないので、読みやすいと思います。「音楽」はどうあるべきか、とかいったちょっぴり哲学的な命題に興味のある人はぜひ手にとってみてください。

P.S. 音楽表現に対する歴史・文化的な見方の変化というのは面白いですね。ちなみに「絶対音楽」、「標題音楽」ともに声楽曲(歌もの)ではなく、器楽曲(インスト)のみを対象とした考え方です。「音楽(とくに器楽)は特定のものを指し示さないゆえに、諸芸術の中でも最高位に位置する」(ショーペンハウアーだっけ?)みたいな考え方のあった時代なので、言葉というのは具体的すぎるがゆえに不純だとみなされていたのでしょうか?(僕は、今でも結構こう思ってますけどw) まあ、純粋に考察上ややこしくなってしまうからかもしれません。しかし、それ以前は声楽曲と器楽曲の立場は逆でした。(アリストテレスの「模倣論」) 
現在はこのあたりはどのように考えられているんでしょうね? また面白そうな本があったら読んでみようと思います。

テーマ : 音楽のある生活 - ジャンル : 音楽

tag : book_review 音楽 音楽生活

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